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素描家しゅんしゅんさんが村で過ごした2 日間【後篇】

梅雨の切れ間を縫うような夏晴れの日、広島から〈山のテーブル〉を訪ねてきてくれた

素描家しゅんしゅんさん。

その繊細でどこかストイックな感じもする画風から想像していたのとは少し違って、

生身のしゅんしゅんさんは穏やかで飾り気のない実直さに満ちて、

そよそよと吹き抜ける心地いい風のような人、という印象。

のんびりと村のあちこちを巡りながら、しゅんしゅんさんと見た景色や交わした会話を、

みなさんにもおすそ分けします。

素描家しゅんしゅんさん

1978年高知生まれ、東京育ち。大学で建築を学んだのち、建設会社で働くかたわら、ライフワークとして素描を始める。東日本大震災を機に退社し、作家活動に専念することを決意。2012年、広島に移住。全国で個展を行うほか、書籍、広告の仕事も多数。

村の心づくしのごちそうが並んだ、夕食のテーブルへ

童仙房に日暮れが訪れ、あたりにはひんやりした空気が広がり始める頃、〈山のテーブル〉に村の人たちが少しずつ集まり始めました。額装されたしゅんしゅんさんの絵を前にして、お客さまたちは口々に「すごいねえ」「すてき」と感嘆の声を漏らし目を輝かせます。

食卓には、〈山のテーブル〉が作ったおもてなし料理のほか、お客さまたちが持ち寄ってくれた品々が並んでにぎやか。どれも村の食材を活かしたものばかりで、イノシシや鹿のほか、新鮮な野菜、村の女性たちの手作りこんにゃくなどが生き生きと食欲をそそります。

〈山のテーブル〉の始まりを祝って、みんなで乾杯してから「いただきます」。村に古くから住む人、移住してきた人、村の外に住む人と、世代も個性もバラバラな顔ぶれだけど、みんなで食卓を囲めば、まるで親戚の集いのようにほっこりした空気が流れます。

この日、農家兼猟師の富士雄さんが持ってきてくれたびっくりな手土産が、これ。焼酎にスズメバチを漬け込んだもので、昔から強壮剤として知られているものだとか。「これ呑んだら夜も目がギラギラして眠れんようになるでえ」と笑いながら、しゅんしゅんさんに味見をすすめる富士雄さん。富士雄さんは、米も作れば野菜も作るし、銃をかついで猟もこなし、獲物の皮をはいだり解体したりもお手のもの、という村暮らしの達人。仕留めたジビエでさっとおいしい料理を作ってしまう腕前の持ち主でもあります。富士雄さんを見ていると、「自分の暮らしを、自分の手で作っている」という確かさが、ずしんと伝わってくるようです。

こうしてにぎやかに笑い語り合っているうちに、夜はとっぷりと更けていきました。

そこにある自然の美を写し取る、線のチカラ

快晴の2日目、朝食を終えてのんびりしていると、昨夜に続きひょっこり富士雄さんが〈山のテーブル〉を覗いてくれました。絵心もある富士雄さん、しゅんしゅんさんの描く絵をいたく気に入ったようで、しゅんしゅんさんから最新の作品集を手渡されると、まず表紙の「縹(はなだ)」という作品に「ほおー、すごいなあ」と目を細めてしげしげと見入ってしまいます。

「これは瀬戸内の海をイメージして、ひたすら線を描き連ねることでグラデーションを表現しています。紙を横向きに置いて、上から下へ線を引いていくんですが、長い線なので、一気に描き切らないで線の途中で手を止めて休んだりもしてるんです。集中力を保ちながら、でも緊張はしていなくてリラックスした状態で…。だから線が微妙に揺らいでいたり、線と線の間隔も一定じゃなかったりして、自分の生理や呼吸をそのまま活かしている感じですね」

 

再現不可能な、一度きり生まれる線の味。しゅんしゅんさんのウェブサイトには「素描とは 素直に 素朴に 素早く 描くこと」という言葉があります。そんなあるがままの「素」の美を見つめるしゅんしゅんさんが、このところ自然物を描くことが増えたのも、やはり移住の影響が大きいようです。

 

「親の郷里が高知だったから、子どもの頃は休みのたびに高知で過ごして太平洋を眺めていて。浜の近くの波は荒々しいけど、遠くには絶対的な水平線がどこまでも伸びてる、っていう情景はよく覚えています。でも瀬戸内海に来てみたらまた全然違っていて、同じ日本の海でもこれだけ表情が違うんだなと。移住してすぐに、個展のモチーフを探して瀬戸大橋としまなみ海道を渡ってみたら、もうすごく瀬戸内海を描きたくなったんです。その経験が自分の世界を広げてくれた気がします。それまではお店とかモノとかを描くことが多かったけど、今は自然の風景に惹かれる気持ちが強くなっていますね」

しゅんしゅんさんの画集にすっかり魅入られてしまった様子の富士雄さん。しゅんしゅんさんが「よかったら、それ差し上げますよ」と言うと、「おっ、ええの?」と嬉しそう。「じゃあお礼に旨い猪肉あげるわ、あとでうちまで取りにおいで」と、愉快な物々交換成立です。

村人と触れ合い、この地に積み重なった時に触れる

そうこうしていると、〈山のテーブル〉のご近所に住む愛子おばあちゃんもひょっこり。昨夜の夕食のテーブルで、「昔の村の様子が写ってる写真見せてくださいね」と話していたのを覚えていて、古いアルバムを持ってきてくれたのです。

アルバムのページをめくると、花嫁衣裳に身を包んだ愛子さんの写真を見つけて一同大盛り上がり。童仙房地区内でのお嫁入りだったから、生家から婚家まで、晴れ着に身を包んだ一行が田舎道を歩いて花嫁道中をしたそうです。「箪笥につめた嫁入り支度の服やらなんやらも村のみんなが見に来るから大騒ぎやで」と当時を思い出し、愛子さんは笑います。

 

ではそろそろ散策に出かけましょうというわけで、まず目指したのは野殿地区にある「六所神社」。鳥居には村人たちが作る結界のシンボル「勧請縄(かんじょうなわ)」が結び付けられており、その奥には茅葺屋根の社が見えます。「六所神社」の名の由来は、軍功の神から農耕、猟の神まで、六の神を祀っているからだそう。深い森の中にしんと身をひそめるように佇む様子は、素朴さの中にも神々しさを感じます。はるか昔から、村の暮らしを見守ってきた存在なのですね。

六所神社の近所には、富士雄さんの暮らす家があります。さっきの約束どおり立ち寄ると、上機嫌な顔で特大の冷凍庫から猪のロース肉を取り出す富士雄さん。「これはすき焼きにするんが一番うまいんや」と言いながら手際よく包み保冷ケースに入れて、しゅんしゅんさんに手渡します。昨日初めて会った初対面同士とは思えない、あたたかな空気が2人の間に流れます。

しゅんしゅんさん、童仙房の茶畑に再会。

その後車を走らせ、あの大型作品にも描かれた童仙房の茶畑に再会。勢いよく茂る二番茶が刈り取られた跡があちこちに見える夏の茶畑は、初々しい春の茶畑に比べると光も色合いもずっとワイルドです。

 

「確かに春の印象とは全然違いますね。前回ここに来た時は雨が降っていたけど、今思えばそれもよかったなと思います」

山の傾斜に沿って茶畑がうねうねと連なり、その向こうには遠くの稜線が美しい青の濃淡を描き出しています。あたりには鳥たちの澄んださえずりが響き渡り、なんだか私たちの意識まで現実を離れて遠くまで飛んでいってしまいそうです。

そして気づけば太陽はもう頭の上。なんだかお腹がすいてきたね、というわけで、〈山のテーブル〉に戻ってピクニックの準備をすることにしました。

今日のピクニックの場所は、〈山のテーブル〉のそばの山を少し分け入ったところにある秘密基地。ワインを隠し味に利かせた猪肉の肉味噌やキャロットラペ、富士雄さんにもらったシャキシャキの水菜などを炊き立てごはんに彩りよくのせて、もりもりいただきます。

 

「このところ、身近な海や水辺を描いてきてたけど、ほんと最近になって山とか森とかに興味が出てきてて。だからこうして村に来れたのはタイムリーだったなと思います。茶畑には萌えましたね(笑)」

 

今後は海外で作品を発表することも、機会があればチャレンジしてみたい、と話すしゅんしゅんさん。「素描」1本に徹して描き出す世界に、違う文化背景をもつ人々がどんな反応をするのか、見てみたいのだといいます。

食後には、しゅんしゅんさんの奥様が持たせてくれたというお手製のスコーンでコーヒーを。こうしているとなんだかいつまでも話は尽きないけれど、さようならの時間が来てしまいました。でもまた会えるから大丈夫。〈山のテーブル〉のオープニングイベントでの再会を約束して、何度も手を振りながら去っていくしゅんしゅんさんを見送ったのでした。

 

最後に、しゅんしゅんさんから後日届いた詩「架け橋」をご紹介します。

しゅんしゅんさん、本当にありがとう。また何度でも村に遊びに来てくださいね。この出会いはきっとこれからも不思議な縁の糸でつながっていくことでしょう。

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