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[やまびこ編集室]

京都府相楽郡南山城村童仙房三郷田47 旧野殿童仙房保育園 山のテーブル内 info@yamanotable.com

梅雨の切れ間を縫うような夏晴れの日、広島から〈山のテーブル〉を訪ねてきてくれた

素描家しゅんしゅんさん。

その繊細でどこかストイックな感じもする画風から想像していたのとは少し違って、

生身のしゅんしゅんさんは穏やかで飾り気のない実直さに満ちて、

そよそよと吹き抜ける心地いい風のような人、という印象。

のんびりと村のあちこちを巡りながら、しゅんしゅんさんと見た景色や交わした会話を、

みなさんにもおすそ分けします。

素描家しゅんしゅんさんが村で過ごした2 日間【前篇】

1978年高知生まれ、東京育ち。大学で建築を学んだのち、建設会社で働くかたわら、ライフワークとして素描を始める。東日本大震災を機に退社し、作家活動に専念することを決意。2012年、広島に移住。全国で個展を行うほか、書籍、広告の仕事も多数。

素描家しゅんしゅんさん

素描家しゅんしゅんが誕生するまでのこと

旅の始まりの朝、しゅんしゅんさんと待ち合わせたのはJR木津駅(京都府)。ここから村まで約30分のドライブです。しゅんしゅんさんが村を訪れるのは4月に続いて2度目。最初の来訪は、〈山のテーブル〉の對中・柳本コンビが「どうしてもしゅんしゅんさんに、ここのシンボルイラストを描いてほしい」と熱烈ラブコールを送ったのがきっかけでした。

「その最初のメールがあまりにもアツくて、一瞬どうしようかと引いてしまったんだけど(笑)、童仙房で半日、大阪で半日、3人で一緒に過ごしていろいろ喋っていたら、なんだかこれは出会うべくして出会ったんだなあという気になって」

 

実はしゅんしゅんさんも對中も、大学で建築を学び、卒業後は設計の世界へ進んだ経歴の持ち主。けれど、使い手と作り手の間に血の通ったコミュニケーションがないままに仕事が進んでいく現実に違和感を感じ、そうではない生き方を模索して今に至っている点が、はからずも共通していたのでした。

会社勤めのかたわら、2009年から素描の作品発表を始めたしゅんしゅんさん。素描とはデッサンやクロッキー、つまり目の前の対象物を線で捉える画法です。

「僕の絵は、現実にないものを創作するというよりは、目の前にある好きなものを描きたいというところからスタートしてるんです。さかのぼれば、子どもの頃にはビックリマンチョコのシールとか、ガンダムやドラゴンボールのキャラを模写するとか、よくやってました。あと子どもの頃から大好きだったのは安野光雅さんの“旅の絵本”シリーズ。建築学生の頃は、安西水丸さんのゆるい線に惹かれたり、寄藤文平さんの絵も好きでした。どちらも“線の人”ですね」

作品制作を始めた当初は、まさかいずれ絵で食べていくことになるなんて想像もしていなかったといいますが、2011年東日本大震災を機に、しゅんしゅんさんの暮らしは新たな地平へと大きく舵を切ります。

「ずっと東京で育って都会暮らしをしてきたけど、なぜか “ここじゃない”感がずっとあって。仕事でも違和感を抱えていたし、思い切って地方に移住して作家としてやっていこうと決心しました。震災の半年後に会社を辞めて、それで妻と当時3歳だった娘と3人で、1か月の気ままな旅に出たんです。地方に移住している人の話を聞くと、たまたま古民家と出会った、みたいな話をよく聞くので、とにかく無計画にでも車を走らせてみれば何かあるかも?という期待もありました。結局そんな出会いにはまったく恵まれなかったんですけどね(笑)。でもその1か月の旅は、自分が何をしたいのか探す時間で、本当にいい時間でした。いろんな土地の気になる店を訪ねて絵を描いて、本を作ったりもして…」

結局、広島に住む奥様のご家族を頼って、2012年3月に移住。今では家族は4人に増えて自分たちの居場所も見つけました。移住から5年経った今では、各地での個展のほか、書籍や広告の仕事も増え、その活動はどんどん広がっています。

村のユニークな建造物を訪ねてみよう

そんな会話を交わしながらドライブするうちに、車は村の中へ。建築好きなしゅんしゅんさんですから、村のユニークな建造物のいくつかへご案内することにしました。

まずはJR大河原駅前にある「やまなみホール」。建築家・黒川紀章氏が手がけ1991年に完成した多目的ホールで、コンクリート打ちっぱなしの外観や、柔らかく波打った屋根が特徴。ここのテラスから見晴らす木津川の眺めが気持ちいいのです。

 

そして次は、木津川を渡って南下し、田山地区と高尾地区の境目にある「夢絃峡」へ。ここは木津川と名張川の合流地点で、渓谷の緑の中に古い料理旅館(休業中)がぽつんと立つ眺めが風流です。さっそくスケッチブックを取り出し、素描を始めるしゅんしゅんさん。

「素描に使うのは、シャープペンシルと水性ボールペン。黒は0.28㎜、ブルーブラックは0.38㎜を使います。絵の具は苦手だから使わないんですよね」

視界を確保するため、ガードレールの柱の上に曲芸のように立ってスケッチするので、見ている方はひやひやしますが、描いている間は完全に体幹が安定してぐらつかない!さすがです。

その後、さらに車を走らせて、村の最新注目スポット「道の駅」でお昼ごはんを食べたら、この日特別に中を見せてもらえることになった「南山城小学校」へ。公立小学校でありながら、校舎を手がけたのはなんとイギリスの建築家リチャード・ロジャース。美術館のような現代建築が、やまなみの中で異彩を放っています。

この日は通常の授業日ですが、教頭先生がじきじきに校内を案内してくださることに。吹き抜けが印象的な校舎内では、教室に壁が囲われておらずなんともオープンな空気。授業中の子どもたちも、私たちの姿に目を留めると好奇心丸出しで駆け寄ってきます。無邪気に話しかける子どもに気をとられ油断したしゅんしゅんさんに、なんとひとりの男の子が「カンチョー」攻撃を!村の子どもたち、自由すぎます。

この日は通常の授業日ですが、教頭先生がじきじきに校内を案内してくださることに。吹き抜けが印象的な校舎内では、教室に壁が囲われておらずなんともオープンな空気。授業中の子どもたちも、私たちの姿に目を留めると好奇心丸出しで駆け寄ってきます。無邪気に話しかける子どもに気をとられ油断したしゅんしゅんさんに、なんとひとりの男の子が「カンチョー」攻撃を!村の子どもたち、自由すぎます。

〈山のテーブル〉で、力作の素描と対面!

小学校をあとにした一行は、標高500メートルまで車を走らせ童仙房〈山のテーブル〉へ到着。ちょうどこの日の朝に、しゅんしゅんさんにお願いしていた絵が到着したところだったので、みんなで除幕式さながら、ドキドキしつつ段ボールの箱を開けます。

その絵は、4月にしゅんしゅんさんが童仙房を訪れた時に見た、茶畑の風景を描いたもの。茶畑では新芽が小雨に濡れて、初々しい緑色に染まっている頃でした。ブルーブラックのインクで点描された細密な世界に、一同から思わず「わあっ」と声が漏れます。

 

「この景色を初めて見た時、大地が波打つようなアンジュレーション(うねり・起伏)がすごく印象的で…。大地の有機的なかたちと、人の暮らしの営みが融合して織りなすもの、それがここの魅力だなと思ったんです。背景にこれだけの山並みが連なってグラデーションになってるのも、ほかではなかなか見れない景色なんじゃないかな。星なのか蛍なのか魂なのかわからない光が飛んでいるのは、この景色が僕にもたらしたイメージ。写真を見返したりもしつつ、記憶の中の情景を思い出して、具象と抽象のあいだを探りながら描いた絵です」

息を呑むほどの線と点の集積。しゅんしゅんさんがいつも大型の額装をお願いしている東京の職人さんには「〇日ぐらいに描き上がりますから、〇日までに額装お願いします」と伝えていたものの、予定日には仕上がらず、ようやく数日遅れての発送になったそう。

「でもその職人さんも、届いた作品を見たら“遅れた理由がわかった”と言ってくれて。特急で額装を仕上げて間に合わせてくれたんです」

「美しいものとは」今も心に残る、20代で出会った言葉 

ここらでお茶でひと息入れましょう、というわけで、童仙房で採れた茶葉をつかった焙じ茶の水出しを。ゆらゆら踊るような茶葉に目を留めたしゅんしゅんさん、さっとスケッチブックを取り出し素描を始めます。

「社会人3年目ぐらいで迷ってた頃のことなんですが、東京の“古道具坂田”さんに伺ったことがあって。当時の僕はまだ絵で食っていくことも考えてなくて、ただ古道具を見たいという動機だったんですが、たまたまお客さんが誰もいなくて、初対面なのに店主の坂田さんとゆっくりお話しさせてもらったんです。その中で“美しいものとは”という話がすごく印象に残っています。その時坂田さんが見せてくださったのは、ある名もなきひとりのおじいさんが毎日作り続けたという紙の封筒の写真だったんですけど(註:のちに書籍「おじいちゃんの封筒:紙の仕事」として2007年ラトルズより刊行)、この仕事には、誰かから見られてかっこよくありたいという意識や計算が入っていないから、尊いし美しいし、誰かが真似ようと思って真似られるものではない、と」

「坂田さんが言うには、そういう美しいものに辿りつくには、いったん技をとことん研ぎ澄ませる方向に行くしかなくて、それを1周ぐるっと廻って、初めて描きたい絵を自由に描いた時のような無垢な心境になれるんじゃないかとおっしゃるんですね。ヘタウマとは違う、美しいものを作ろうと思わずに生まれているもの。そういうものを、世間の評価を抜きにしたところで“美しい”と思えるかどうかは、こちら側の問題だから、大事なのは自分の感受性をどう高めていけるかということなんだよ、と。その時のお話は、今も自分の核になっている気がします」

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