冷水希三子さんと、村の食・人を訪ねて【中篇】
季節の素材を生かしたシンプルかつ美しい料理で人気を集める、料理家・フードコーディネーターの冷水希三子さん。「インスピレーションの源は、旅」という冷水さんを村にお招きし、食材の作り手や郷土料理を語り継ぐ人を訪ねた2日間は、私たちにとっても新たな出会いと発見がいっぱい。洗練された美意識の中に、どこか大地に根ざした力強さや骨太さを感じさせる冷水さんスタイルの秘密も、ちょっぴり見えた気がしました。
冷水希三子さん(料理家)
奈良県生まれ。飲食店や旅館での勤務を経て、フードコーディネーターとして独立。料理にまつわるコーディネート、スタイリング、レシピ制作を中心に、書籍、雑誌、広告などで多彩に活躍中。
高尾地区の伝統食の語り部・幸子おばあちゃんに会いに
森さんの畑に別れを告げて、次に目指したのは、高尾地区にある仲西幸子さんのお宅。85歳になる幸子さんは、この地域の伝統食の語り部として知られる名物おばあちゃんで、これまでも大学関係者が聞き取りに訪れるなど、何かと頼りにされてきた方です。戦後の復興期に、7人のメンバーで主婦の会「若草グループ」を立ち上げたほか、長年食生活改善推進員として活動するなど、行動力のひとでもあります。
国民学校初等科6年生で終戦を迎えた幸子さんは、15歳から一家の働き手の一人として畑仕事を手伝ってきました。かつてはお茶から野菜、米、小麦、大麦、大豆にいたるまで何でも作っていたというだけあって、仲西家の畑は広大。作物の種類や量こそ減ったものの、幸子さんは今も毎日畑に出ては元気に体を動かして働いています。
まずは幸子さんの案内で畑をぐるりと見学。
「昔は梅干しも味噌も醤油も漬物も、全部自家製。周りにお店もないから、するめ、いりこ、にしんとか日持ちする乾物だけは買い込んでおいて、乾物と畑で採れたもんだけで生活しとったわね。あとはウサギと鶏を飼って、たまの動物性たんぱく源にして。タニシを湯がいて身を出して、炒めてメリケン粉で食べたりもしたな」
そんなことを話しながら、じゃがいもを掘り起こす幸子さん。斜面を軽快に歩き、狙いを定めて鍬をふるう体のキレ味がさすがです。掘り起こしたばかりのじゃがいもは、まるで赤ちゃんの肌のように内側からしっとりと艶めいて、いかにもおいしそう。
「頭はボケてきたけど、畑に来たらシャンとするの(笑)。今作ってるのんは家族が食べる分のお米と野菜とお茶、あとは道の駅で売る野菜を少し。農薬使うん嫌やから、全部無農薬で育ててて、毎日虫を取らんならん。虫に気づかれんように、こそーっと後ろから忍び寄るんやけど、すばしっこいやつにはいつも逃げられてしまうねん(笑)」
土中からあらわれたじゃがいもをせっせと集める冷水さんと私たち。体が資本の畑仕事を70年も続けている幸子さんに思わず頭が下がる思いです。袋いっぱいにじゃがいもが収穫できると、一行はいよいよ幸子さんのお宅へ「おじゃましまーす」。
思い出話を聞きながら、ゆったりお茶時間
約130年前からここに建つ仲西邸は、門構えからして、まるで老舗旅館のような立派な佇まい。中に足を踏み入れると、季節の花があちこちに活けられ、日々を楽しむ心映えの豊かさが伝わってきます。自家製の無農薬茶葉を水出しで淹れた香り高い煎茶と、手作りのおかきをいただきながら、しばし幸子さんの思い出話に耳を傾けます。
「寒の時期にお餅をついて乾かしといて、それを揚げたんがこういうおかきで、昔の私らのおやつ。お餅にゴマやエビや豆を入れていろんな種類を作っておいて……。お餅つく時に卵を入れたら膨らむから、卵も入れたな。昔は私ら子どもが学校から帰ってきても大人はみんな畑にいっておらんわね、でも子どもはおなかすくから言うて、こんなおかきとか、おにぎりにきなこを混ぜて朴の葉で包んだのとかを置いてくれてたん。イバラの葉でお餅を包んだのもあったわ。そういうのを“けんずい”(京ことばで“間食”)いうて食べたわけ」
高尾地区にはかつて1年を通じてさまざまな伝統行事があり、それらを彩る食がありました。田んぼの苗代を作る時期にお供えする「さぶらけ」と呼ばれるお餅や、秋の台風シーズンに水害が来ないことを祈願してお供えする、あんこ入りの「おやき」など、農の暦にちなんだ食の風習もいろいろ。暮らしの中心にある稲作のリズムに合わせて、祈りとともに巡る季節を生きてきた様子が伝わってきます。
「あとは、11月に亥の子の日っていうんがあって、これは縁結びの神様が、どの2人をくっつけるか決める日と言われてたん。いい縁談を願う日で、その日は女の子はあんまり喋ったらあかんよ、って言われたわ。あんまり喋ったら、決めてた組み合わせを神さんが間違うから、って」
なんだかユーモラスな風習。ふだん活発な女の子も、ぐっと物静かになっていたのかと思うと、そのけなげさが微笑ましくなります。
さあ、みんなで腕まくり。夕食の準備のはじまりです
そうこうしているうちにそろそろ日も傾いてきたので、みんなで台所へ。今日は幸子さんに、この地域の伝統料理を教えていただく約束なのです。三角巾で髪を包み、エプロンを着けてあらわれた幸子さんのかわいらしいこと!食卓にはすでに前日から幸子さんが準備してくださった料理がずらり。とくに目を引くのが、大皿に盛られた「精進刺身」です。
「精進刺身は、法事やお彼岸、お盆に作るんよ。買い置きしてあるかんぴょうとか花麩とか湯葉とか乾物を薄味で炊いたんと、畑で採れた季節の野菜、あとは卵焼き。真ん中に辛子醤油を添えてな。昔は集まる人数も多かったから、もっと大きいお皿つこうててんで、2尺(直径約60センチ)のな」
今日私たちが一緒に作るのは、お祝いの席につきものの「花寿司」のほか、「雷ごはん」「大豆南蛮」。
「花寿司」は、木型で寿司飯を松竹梅にかたどり、紅ショウガやきゅうり、卵で飾り付けて三段に積み上げたもの。昔はこの花寿司の木型がどこの家庭にもあったそうです。
「雷ごはん」は、豆腐を炒めてごはんに炊きこんだもの。まだ冷蔵庫のなかった時代、
豆腐が日持ちしない夏によく作ったものだそう。
「水切りした豆腐を油で炒める時に、ジャジャーって大きい音がするから、それで雷ごはんって呼ぶんかな。昔は油もうちで採れた菜種を油屋さんで搾ってもらったやつやったし、醤油も自家製やったから、今みたいにみりんやらお酒やらだしの素やら入れんでも、油と醤油だけの味付けでもおいしかったで」
一方の「南蛮大豆」は、幸子さんが食生活改善推進員の活動の中で編み出した、比較的新しいレシピ。水で戻した大豆を素揚げしたものと、玉ねぎ人参ピーマンなどの野菜を一緒に南蛮酢に漬け込むのですが、南蛮酢に鷹の爪と、細く裂いたするめを合わせて、味に深みを出しています。
冷水さんは幸子さんのそばで、一緒に花寿司をこしらえたり、台所で野菜を洗ったり切ったり。仕事柄いろんな土地を訪ねて料理することも多いからでしょうか。初めての台所にもすっとなじんで手際よく働く様子はさすがです。
幸子さんの娘さん・千賀子さんや、〈山のテーブル〉も加わり、1時間もすると食卓の上はごちそうでいっぱいに。仲西家三世代と私たちで、にぎやかな夕食のはじまりです。
畑と台所が直結した暮らしの力強さ、頼もしさを感じながらの食事。夜もすっかり更ける頃、今日のお礼に仲西家を翌日のランチにお誘いする約束を交わして、私たちは仲西家を後にしました。外に出ると、人工の灯りのない辺り一帯は深い闇の中。頭の上に、青々とした月明りが私たちを照らしてくれていました。
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仲西邸の玄関でお出迎えしてくれた狸たち。
畑で収穫したじゃがいもをおみやげにいただきました。
代々受け継いだ日本家屋は、季節の花々で彩られて。
〈山のテーブル〉對中もお手伝い。
水で戻した大豆を、油で素揚げして、南蛮酢に漬け込みます。
さっとあぶったするめを細く切って、大豆南蛮に一緒に漬け込みます。これがうまみたっぷりだしの出るもと
完成した大豆南蛮。1 週間ぐらい漬け込んでおくのがおすすめとか。
雷ごはんの豆腐は、強火でぽろぽろになるまで炒めます。
ざく切りにした青ネギは、雷ごはんが炊き上がる2 分前に炊飯器に投入するのがコツ。少し熱が入ってしんなりしたところが絶妙のおいしさです。