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  村に息づく、木と農の文化を訪ねて【中篇】

 村域の約4分の3を山林が占める南山城村。単線の鉄道を走る電車は1時間に1本、ショッピングモールもコンビニもないけれど、ここには土があり水があり、森があり、それらが与えてくれる衣食住の文化や風景があります。土地の恵みをぐるぐる巡らせながら次につないでいく、美しい循環と再生のかたちを、やまびこ編集室が訪ねて歩きました。

 山の上に建つ木の家で、おいしい時間のはじまり

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 原木しいたけの山田さんの仕事場をおいとますると、そろそろ日も傾き始めた頃。
私たちは、山を登って童仙房へ。〈山のテーブル〉にほど近い土地で暮らす、坂内さん 一家を訪ねます。Iターン移住者である坂内さんは、現在、「ハト畑」と名付けた農園でメイン作物であるトマトのほか、玉ねぎ、にんにく、葉物など、農薬や化学肥料に頼ら ない、自然の恵みそのもののおいしい野菜づくりにいそしんでいます。もとは茶畑だったらしい傾斜地に建つ木の家では、薪ストーブから立ちのぼる煙がもくもく。
窓からは温かなオレンジの灯りが漏れて、とても居心地よさそうです。

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庭先にはヤギ小屋に鶏小屋。動物たちに挨拶していると、ご主人の謙太郎さんが犬のモモの散歩から帰ってきて、私たちも室内におじゃますることに。

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この住まいは、かつて大学時代に建築を学んでいた奥さんの里恵さんが、大工さんと一緒に地元の杉を使って建てた、ハーフビルドの家。外装や内装、水道工事はほぼ里恵さんの手によるものと聞いてびっくり。

 

「自然素材で家をつくっている大工さんに協力してもらって、工事期間は1年ぐらいだったかな。うちは燃えたら屋根しか残らない家(笑)。屋根だけは鉄なので……。
移住したのが2012年の3月で、その時からここの景観が気に入ってたんですけど、まずは別の古民家で暮らし始めて、4年前にようやくここに移ったんです」。

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すでに家の中はおいしそうな匂いでいっぱい。薪ストーブの上の鍋で煮えているのは、ロールキャベツと猪肉。猪は近隣の猟師さんが仕留めたものです。薪は近隣の森林の間伐作業で伐りだしたもの。このあたりでは、農閑期に入る冬に、地域の先輩方が間伐の必要な森林に入って樵仕事に腕を振るっており、最近謙太郎さんもそれを手伝うようになったのです。

薪ストーブに残った灰は、畑に撒いて肥料に。台所で出た野菜くずは、ヤギや鶏のエサに。畑と住まいがともにある暮らしのすがすがしさが、伝わってきます。

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「おなかすいたー!」と待ちきれなくなった子どもたちから声が上がり始める頃、ストーブから下ろした煮込み料理のほか、畑の野菜がたっぷりのサラダや洋風ちらし寿司、鶏が産んだ卵でつくったキッシュなどのごちそうが、テーブル狭しと並びます。食事のあとのお楽しみ用に、アルミホイルにくるんだサツマイモを薪ストーブの中に入れたら、みんなで食卓を囲んで「いただきます」。同じ空間に身を寄せ合い、同じ火とごはんを分かち合うことの、根源的な懐かしさや喜びが、じわじわと体を満たします。

童仙房に“ひと目ぼれ”した出会いを経て

聞けば、東京出身の謙太郎さんと、岩手出身の里恵さんが出会ったのは大学時代。結婚後、謙太郎さんはサラリーマンとして働き、京都府内に居を定めて2人の子どもに恵まれ

ました。

「でも田舎暮らしがしたくてどこかいい移住先はないかな、って探していたんです。岩手の空き家バンクなんかも見てた矢先に3.11があって……」と里恵さん。
童仙房との出会いが訪れたのは、そんな2011年の夏のことでした。

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「“山ノ上マーケット”(註:童仙房で2008年から6年間開催されていた、年に1度の夏のマーケット)に遊びに来て、童仙房にひと目ぼれしてしまったんです。こんな素敵なところがあるんだ!って。それで翌年に引っ越してきて、2012年の“山ノ上マーケット”では出店者としてトマトを売ってました。今思うとすごいですよね。でも、引っ越してきた3月は、きつかったですよ。すごく寒くて、家はかび臭いし、お風呂も薪で沸かしたら入れるようになるまで数時間かかる。最初の1週間は、家の片付けだけで時間が過ぎて行って……。お互い“大変なことしちゃったな”って心の内で思ってても、口にしたらすべてがガラガラと崩れちゃいそうで言えなくて。でも子どもたちがほんとに毎日楽しそうに過ごしていて、その姿に救われましたね」

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謙太郎さんも続けます。

「住むところを見つけて引っ越してきたはいいけど、畑も何もない状態。それで“農業や

りたいんです”なんて、今考えれば、どれだけアホなんだと(笑)。移住者の先輩が口をきいてくれたおかげで、ようやく畑を借りることができたんです。新規就農といっても農業研修も受けたことないし、近隣の農家さんにわからないことを教わるぐらいで、本当に手探りのスタートでした」

この地の人と自然に助けられて、ここまで来た

やがて3人目の子どもが生まれ、憧れだった土地にマイホームも建てた坂内家。でも謙太郎さんの言葉を借りれば、その時期の農園は“どん底”だったそうです。
 

「苗を鹿に食われてしまったり、雑草がぼうぼうにはびこったり、自分の無力さを目の当たりにしちゃうと、さらに悪循環で……。農業はもう辞めるって周りにも宣言して、町の働き口を探してたぐらいです。それでも地元の神社の氏子になって行事を手伝うようになったり、保育園の保護者会や消防団、農協の青壮年部とかに関わって、人とのつながりが増えていくうちに、少しずついろんなことがうまく回り始めた気がします。今も農業だけで食えるとこまでは行ってないですけど、周囲の方に励まされたり、“仕事どう?”って気にかけてもらったりして、最近は山の間伐も手伝うようになりました。地域の方に受け入れてもらうのって、時間はかかるけどすごく大事なことだと思いますね」。
 

惜しみない恵みを与えてくれるかと思えば、時には容赦なく厳しい仕打ちもする自然を相手に、気づけば8年。この地の自然の美しさ、そして家族と周りの人たちに力をもらいながらここまで来れた、という坂内さん夫妻。最近では、畑で採れる作物を活かして里恵さんがつくる「ハト畑」印の加工品も、少しずつ増えてきました。

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(写真左・中/米粉むしぱんミックス600円右/ハト畑の青トマスコ650円

「坂道を下から見上げている時は、8年なんて遠すぎて想像もつかなかったし、とてもそこまでたどり着けないないように思えたけれど、今、坂の途中に立って見渡してみれば、まだまだこれからだなって思います」

 

この家に満ちる、飾らない大らかさ。家族という存在のあたたかさ。そして日々のささやかな喜びを愛する気持ち。屈託なく笑う子どもたちの笑顔を見ていると、家族でこの地に下ろし広げてきた根っこの強さを思わずにはいられないのでした。


ハト畑ウェブサイト:https://hatobatake.net/


 

Photo Gallery

地元の杉を使い、地元の柿渋屋さんから買った塗料を塗りました。

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畑で採れた野菜。その日手に入る食材を、いかにおいしくいただくか、という工夫が毎日 の食卓をつかさどります。

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猪肉は長時間煮込まれて、ほろりと口のなかでとろけます。

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